2010年08月01日

確かな一歩

今日は、マラソン大会に参加してきました。

6月に参加して以来の参加。

今回も10Kmに参加。


この前は、10kmを走りきることができず、途中何度か歩いてしまったんですが・・・

今回の大会は10kmを走りきる事を目標に頑張りました!!


6月の大会以降、梅雨の時期に入ったり(これは言い訳^^;)、サボりの気持ちが強くなったりで・・・走り込みは週に1回のマラソン部の活動のみとなっていました。


そんな走力の乏しい状態で臨んでしまいましたが・・・

今回は頼もしいサポーターがいたんです。



それは・・・・



我が弟。



弟は高校時代陸上の強豪高校で3年間長距離に取り組んだ過去があります。


今回はそんな弟を誘っての大会参加。


しかも、弟の好意で終始私に付き添って伴走してくれることになっていました。


本気で走れば10km35分程度で走れるそうですが・・・


一生懸命私に合わせて走ってくれました。


始まりから終わりまで励ましてくれて・・・・


なんと優しい弟でしょうかもうやだ〜(悲しい顔)


そんな弟のありがたいサポートもあり、10km走りきる事が出来ましたexclamation×2



記録は1時間1分58秒


前回のタイムより1分早く完走できましたグッド(上向き矢印)るんるん

あわよくば

1時間を切って走りたいと思っていたんですけど。。。人生そんなに甘くありませんねたらーっ(汗)



まぁ、次の目標といたしましょう。。



サポートしてくれた弟ありがとう揺れるハート



また、次の大会に向けて明日からも頑張ろう手(グー)
posted by サリー at 19:34| 岩手 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月27日

約束

つい最近、事業所開設当初から約3年間ご利用いただいていた利用者さんがお亡くなりになりました。


お亡くなりになる2日前、いつもとあまり変わらない様子で通所リハにこられていた近藤さん(仮名)。



若いときに東京から岩手に来て、社長という地位で長年頑張ってこられた近藤さん。


あったかくて、やさしい笑顔と語り口調が忘れられません。


少し意地の悪い利用者さんから、傍から聞いててもイラっとしてしまうような言葉を浴びせられても、怒ることなく上手く交わすあの大人の対応。

スタッフや他の利用者さんへの優しさあふれる対応。


いつもいつもその生き方から学ばせてもらうものが多い方でした。



そんな近藤さん。


数年前から症状が出てきた難病の影響で、ここ数ヶ月は満足にお食事を取ることができない状態が続いていました。


お食事が取れないため、体重が減少し、身体機能も徐々に低下していたのですが、

それでも、週3回ほぼ欠かさずご利用していただいておりました。



今から2週間くらい前、いつものように個別リハビリをしていた時、ふいに近藤さんが言いました。

『あの約束覚えているからね。』

と。

私は、その瞬間は何のことかわからず、

『約束??』

と聞き返してしまいましたが、近藤さんは続けて

『せんべい。おいしいせんべいがあるから、今度あげるって約束してたでしょ?あれ、ちゃんと覚えているからね。』

と、おっしゃられました。


個別リハビリのほんの一コマ。


何気ない会話の中ででた小さな小さな約束でしたが、近藤さんはいつかその約束を果たそうとずっと思い続けていてくれたのです。


最近、なかなか食べ物が喉を通らず、一回のお食事に2時間〜3時間もようしていたと奥様から伺っていました。

そのような状態で、食欲もでず、苦痛だったであろう食事という時間に、近藤さんが唯一食べたくなった食べ物がこのおせんべいだったといいます。


それほどお好きだったおせんべいを私に食べさせてあげたいと思ってくださった。

そのお気持ちを思うと、ありがたくて涙が止まりません。


あの、約束の日からわずか2週間。


まさか、こんなに早く一生会えなくなる日が訪れるとは夢にも思っていませんでした。


あの約束。


果たしてほしかったなぁ・・・・


果たせた時のお顔を、見たかったなぁ・・・・

一緒に、幸せな時間を共有したかったなぁ・・・・



叶わぬ現実に、ただただ、、寂しさが溢れます。



近藤さんが生きてこられた70年超、

私は、近藤さんの後半の人生の登場人物となった。



私の人生にとっては、近藤さんは20代後半という大事な時期の登場人物となってくれた。

やさしさや強さをたくさん与えてくれ、そして教えてくれた。


私は、近藤さんに何か与えられただろうか??


大事な大事な人生の後半。それも、生涯を終えられる終末期に、私は、十分にやさしさを伝えられただろうか?近藤さんの人生をしっかり応援できていただろうか・・・・



考えれば、考えるほど・・・近藤さんから与えられたものばかりが浮かびます。


私の仕事は、ご高齢の方を対象とすることが多く、死という存在が若い人よりも身近にある方がたと出会います。



それは、理学療法士として働きはじめた6年前、まだ病院勤務をしていた頃も同じでした。

でも、今は通所リハでのご高齢の方がたとの出会いとなり、就職当初よりも、終末期という時期を一緒に過ごしているという実感が強くなってきました。



通所リハに異動になって約3年。

何十名という利用者さんの天国への旅立ちを耳にしてきました。


今思うと、亡くなられた利用者さんたちは出会いから3年以内に旅立たれています。


そう思い直すと、私が接している一瞬一瞬は本当に人生の最後の数ページ。



なんだか、身が引き締まる思いです。


自分だったら、人生の最後の数ページどんな色にしたいだろうか?


明るい色の日があるのはうれしい。

でも、グレーな日もあってもいい。

いろんな色があって、いろんなことを感じて、小さな幸せを発することができたらいいなと思います。





明日から、また。一瞬一瞬の積み重ねである一日が始まります。



終末期という人生の最後の数ページ。


時には約束を果たせずにお別れをすることもあるかもしれないけれど、

約束が果たされるだろうという希望に満ちた温かい心の色であれるよう、

約束を信じ、今できる最大限の応援をしていきたいと思います。






近藤さん。


人生最後の数ページ。何色が描かれましたか?

そして、

天国での最初の1ページ。

どんな色で書きはじめましたか?





近藤さんが与えてくれたものを思い返しながら、


いろんな約束を信じて、


また、明日から


私の人生を歩いていこう。




posted by サリー at 06:00| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月28日

100年生きる

1週間のご無沙汰でした(≧▽≦;)

皆さんご機嫌いかがですか?それにしても、最近暑いですね〜
毎日汗かきかき仕事に励んでいるサリーです。


さぁ、今日からまたブログアップ張り切っていきますよ〜


今日は『100年生きる』ってお話。

先日、仕事中に利用者さんの中のお一人が言っていた言葉なんです。


利用者Aさん、70歳。

脳出血による左片麻痺を持ちながらも、リハビリに励み日々をとてもイキイキと生活してらっしゃる方です。

リハビリも、通所リハでのリハビリは補足みたいなもので、自主的にプールに行ったり、自宅でリハビリ機器を作成して取り組んだりと、とてもアクティブなんです。


そんなAさんが、先日言ったんです。


『オレは100歳まで生きるよ。』って


長生きをしたくないっていう利用者さんって結構多いんです。増してや自分の自由にならない身体となってしまったことで、長生きに対するマイナスな印象をもたれている方って結構多い。

100歳まで生きるための理由、目的が明るいものじゃないんですよね。

そんな中でのAさんの発言。

Aさんの100歳まで生きたい理由ってなんだと思います?

それは・・・・・





『100年生きると、世の中が変わるのが見れるよ。だから、オレは100年生きるんだよ。世の中が変わっていくのみたいじゃん。』




世の中が変わる・・・・

世の中が変わるのを見る。





私はこの言葉を聞いた時、新しい世界を見たような気分でした。

100年を生きていると世の中がもっともっと面白く見えるのかも。

変わる瞬間をこの目で見て、身体で体感できるのかも。。。。。


そう思ったら、何だかワクワクしてきません?



今までの私は正直長生きに関して魅力なんてもっていなかったんですが、このAさんの言葉を受けて


ちょっとだけ。100歳まで生きてみたいかも・・・・


なんて思っちゃいました。



100歳まで、、、、、あと、、、、73年とちょっと.....


2082年、6月・・・・


世の中はどんな変化をしているんだろう。

想像しただけでワクワクしますね!!


posted by サリー at 14:06| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月19日

私の仕事は、通所リハビリテーションとい介護保険の下でリハビリテーションを提供することです。

利用者さんにとって最適なリハビリテーションを提供するために定期的なモニタリングをしていますが、

その中の一つ「デマンド」を聞き出すことは、リハビリを勧めていく中でとても重要な位置を占めていると思っています。


デマンドとは・・・・

本人の主観的要望・要求をさします。


この前も、ある一人の利用者Aさんにこのデマンドを聞きました。



サリー「Aさん。リハビリを進めていくために、Aさんの気持ちをまた確認しておきたいんですよ〜。」

Aさん「うん」

サリー「Aさんは、これからどんな風に過ごしていきたいですか?こうしたいなぁとか、こうなったらいいなぁっていう希望を聞かせてください。」


こういう質問をすると、たいていの利用者さんは

「今より悪くならないようにしたいなぁ・・・」
とか、

「もっと歩けるようになりたんだよね。」
とか

「この痛みがなくなればいいんだよね。。。。」
などとお答えになります。

だが、Aさんは違いましたexclamation×2

Aさんの回答はこちら









Aさん「そうだね〜。。。愛するに抱きしめられながら死にたい・・・」

と、なんとも優雅にお答えになりましたぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)

予想だにしないお答えにサリー一瞬固まっちゃいました・・・・あせあせ(飛び散る汗)



素敵なお答えです揺れるハート

78歳で私たちよりもたぶん死という存在が身近にあるAさん。

先に書いたようなデマンドもそれはそれで立派なデマンドだと思います。

でも、Aさんのデマンドはなんとなく美しかったかわいい


そういう生き方もいいなぁって思ったんですよね。

「愛する人に抱きしめられながら死にたい」という希望をもって今を生きているAさんの、大事な1日をリハビリを通して関わることができているなんて、なんて素敵なことなんだろうって思いました。

いつ訪れるかわからないAさんの希望が叶うその日まで。。。。

少しでもその希望が叶えられるようにお手伝いが出来たらいいなぁと思うPTサリーなのでしたグッド(上向き矢印)


ちなみに・・・・・


「愛する人に抱きしめられながら死にたい」というデマンドは素敵なんですが、通所リハビリテーションを進める上ではもっと細かいデマンドも聞き出さないといけないので。。。。さらに、会話はすすみ・・・・

サリー「う〜ん。素敵な希望ですね〜。ちなみに、そうなるためには何が必要なんですか?」

Aさん「真摯な心」

サリー(真摯な心!!こりゃまたすごい返答・・・と思いつつ)なるほど〜〜〜〜〜〜。真摯な心のほかに何かしておきたいことはないですか?例えば、体の調子はどうだったらいいですか??(なかば強制的に身体機能面に誘導^^;)

Aさん「そうだね。膝から下がね、痛いのよ。それが楽になればいいかもね〜」

とまぁ、こんな調子で身近なデマンドが出てきたわけですたらーっ(汗)たらーっ(汗)

デマンドにも、大きなチャンクと、小さなチャンクがあるわけで・・・

日ごろ比較的小さなチャンクに目を向けがちな私は、Aさんのような素敵な大きな人生設計を聞くと、今までの自分の質問の仕方や利用者さんへの関わり方を少し見つめなおしてみなきゃなぁと反省しますふらふら


他の利用者さんたちは、どう思ってるんだろう??

みんなどんな気持ちなんだろう?


Aさんに教えてもらった素敵な感情を、明日からの仕事に生かしていきたいなぁと思います。


ちなみに・・・・Aさん。


愛する人がたくさん居るとのことハートたち(複数ハート)
奥さん以外にも、私もその中の一人に入っているんですって(//▽//)

うれしいなぁ〜るんるん

Aさんと関われる週2回。

私の出来る最高の愛黒ハートで、Aさんを抱きしめられたらいいなぁ〜なんて思います手(チョキ)



posted by サリー at 12:00| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月07日

よっこいしょ

通所リハビリで利用者さんを観察していると、大抵の方は立ち上がりや着座動作時に

「よっこいしょ〜」
とか

「どっこいしょ〜」
といった掛け声を出します。


まぁ、利用者さんたちだけじゃなく自分もちゃっかり使っていたりするんですけどたらーっ(汗)


このよく聞く掛け声。

年齢を重ねるほど口癖のように出てくるこの言葉。


確かになんとなく力が入るような気がします。


で、ふと思いました。


「日本ではよっこいしょだけど・・・外国ではどうなんだろう・・・」


って。


調べてみたら英語では

alley-oop とか
heave ho(ヒーヴ ホゥ)

というらしいです。



う〜んあせあせ(飛び散る汗)

やっぱり聞きなれていないからか・・・これで力が入る気がしませんね(笑)


やっぱり日本人の私には。

言葉にやさしやと強さを感じる


「よっこいしょ〜」


が一番ですわーい(嬉しい顔)
posted by サリー at 13:29| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月01日

べてるの家の「非」援助論

私が参加させてもらっているMLで、障害適応について紹介されていた文章がありました。

今日はそのプロセスについてご紹介です。



以下そのまま引用



「生きるプロセスを支える」
ステージ1
  自分でも理解できない症状に驚き苦しむ時期
  精神障害の受け入れがたさに反発したり拒絶したりする時期
  
ステージ2
  失われたものをとりもどそうと、必死に努力したり挑戦する時期
  
ステージ3
  望んだ結果が得られず、あらためて病気の苦しさの中で絶望的な心境に陥る時期
  
ステージ4
  少しずつ病気が分り、同じく病気をかかえながら、いきようとしている仲間の存在が見えてくる時期
  
ステージ5
  病気や障害の体験を、意味ある有用な体験として社会に向かって語り、生きることのメッセージを伝えることのできる時期


プロセスを生きることを通じて、自分のつらい病気や症状も含めて自分の人生を担って生きようとするたくましさが育まれるのです。


〜 べてるの家の「非」援助論から 〜


べてるの家は、精神障害をかかえた人たちの有限会社・社会福祉法人だそうです。

上記のプロセスは、精神障害を抱えた方のプロセスかもしれませんが、身体障害を抱えた方でも当てはまる部分が多いと思いました。


私の職場通所リハビリでは、ステージ3からステージ5の方が多い印象があります。


ステージ3で長い時間を過ごし続けている方も多数いらっしゃいます。


各ステージを進むスピードは、その人の個性であり無理やり進めさせるものでは決してありません。


それでも、通所リハというある意味特別な場所では、ステージ4の役割をしっかり果たせるような環境つくりが大切だと思うんです。


人は、人との関わりを通して、今の自分を確認していくものだろうから。

その、人と人とのつながりを提供する。


そんな場所つくりに力を注いでいきたいと思います。


利用者さん方一人一人のエンパワーメントを信じています。




※べてるの家の「非」援助論。

興味が出てきたので、読んでみようと思います。
posted by サリー at 22:58| 岩手 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

私には、仲間になってまだ日の浅い後輩君がいます。

その後輩君はまさに今が成長するときみたいで、上司やほかのスタッフから色々と注意や指導を受けています。


大変厳しい指導なので、精神的な負担も大きい様子。

注意を受けたあとに、ものすごく不機嫌そうな表情や返事をしている姿を見ると、心が痛みますが

彼にはなんとかこの試練を乗り越えて、一日一日成長していってほしいなと思っています。

そんな彼。


この前、仕事中に大失態をおかしました。

失態の内容は記載できませんが、

この失態は、彼のほかにもやっている人たちがいて、「俺だけじゃないっすよ・・・」っていうのが彼の言い訳の中にあったようです。


悪いことだとわかっているのに、やってしまう。


自分だけじゃないから、悪いことだとわかっているのにやる。


一見、彼の行動は弁解の余地などない社会人としてあるまじき事なのかもしれません。

けど、


私だって失態をおかしてしまうこともあるし。

私が彼と同じ環境にいたら同じ選択をしてしまっていたかもしれない。


そう、思うと、失態をおかす選択をするときとしないときとは何かがあるんだってそう思えてきたんです。



「何かが自分を、人の道に外れないようにつなぎとめていてくれている」


そのものとはいったいなんなのか・・・


私の大好きな本

「シアワセの取説」の中では、こう説明されています。


「なぜ僕は犯罪を犯すことなく、生きてこられたのだろうか」と考えてみたことがあります。

殺人はしないと思う。

でも、窃盗や障害、飲酒運転、器物破損、・・・これはふとした出来心でやってしまってもおかしくない気がするのです。

「何かが自分を、人の道に外れないようにつなぎとめていてくれている」と漠然と思っていました。

ある日、「これしかない」というものが見つかりました。

それは、「記憶」。

例えばこんな記憶。

・祖母と一緒の布団の中で、教えられながらも100まで数えた達成感。

・急性中耳炎で泣き叫ぶ僕をおぶって、病院に走る母の背中のぬくもり。

・積荷を降ろした空のリヤカーに僕を乗せて、道路を蛇行する父の笑顔。

・家族で囲んだコタツでの夕食。


こんな幼き日の、日常のありふれた「記憶」。

父にしても、母にしても、何も特別なことをしているわけでもない日常。

おそらく、父も母も覚えていないと思います。

でも、この記憶があるからこそ、これが僕をかろうじて、人としての道を誤らせずにいると断言できます。


この記憶こそ鎖だ。これが幸せの鎖だ。

そんな日常の中の温かい記憶こそが、僕の人生を守ってくれている守護霊のような気がするのです。




・・・・・・・


だれにでも、襲い掛かる出来心。

彼が同じような失態を招かないように、逐一彼の行動に注意して厳しく指導することはできるのだろうけど、


一社会人の彼にそこまでするのはどうかと思います。


だったら、今できることとして記憶の鎖を作れないかなって思いました。


どんな出来事やどんな言葉、どんな関わり方が彼にとって記憶の鎖になるかどうかわからないけれど、


彼のことを一人の人間として、一人の後輩として、チームの一員として大切に思って、信頼して言葉を選んだり、接することはできると思います。



記憶の鎖・・・・


人と人の間で生きている人間だからこそあるつながり。


つながりから築かれるこの鎖は、人生を生きていくベースになるものだと思います。



記憶の鎖の威力を信じて、彼自信を信じて。


明日からもみんなで一緒にお仕事をがんばっていこうと思います。


posted by サリー at 22:47| 岩手 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

記憶

私は、通所リハビリで理学療法士として利用者さんと関わらせていただいているわけですが、


介護保険下でのリハビリテーションですので、対象の利用者さん方はほぼ何らかの障害を負った状態でお会いします。



障害をお持ちなので、初めてお会いした時点で体に麻痺があったり、動きずらそうなぎこちない動きをされていることが多いんです。


リハビリをするにあたって、現時点での利用者さんの身体状況や精神状況にしっかりと焦点をあてて関わっているつもりです。


今の状態を大切にする。これは大切なことだと思うんです。


でも、


同じくらい大切にしたいなって思っていることがあります。


それは・・・・


利用者さんの生きてきた過去。


障害がなく、不自由のない生活を送っていた日々。


そういう利用者さんの過去の記憶を大切にしたいなって思っているんです。


どんな思いで、どんな価値観で、どんな幸せを感じながら生きてきたのか。


どんな笑顔で笑っていたのか。


どんな声で話をしていたのか。


どんな将来を夢見ていたのか・・・・・


そういったことを想像して利用者さんと向きあいたいなといつも思っています。



2〜3年前。

何人かの利用者さんに若いころのお写真を見せていただいたことがありました。


そのお写真に写っている利用者さんは、自信に満ち溢れた素敵な笑顔で笑っていました。


私は、その写真を見た瞬間とても衝撃を受けたんです。


この人の歩んできた道にはまぎれもなくこの写真の中の一瞬が存在したんだと。

そして、障害を持っていても今を生きる利用者さんの生活には、必ず過去の記憶が影響しているんだということをすごく思ったのです。


当たり前のことかもしれませんが、忘れがちなことでもあると思うんです。




記憶・・・とは


 己の言葉  心の意味

当たり前の物事に自分(己)の解釈をつけて自分の葉で残しておく。そして、その言葉は今を生きる自分の味(価値観)として存在する。


そういうのが、どんな人にでも生きている人に必ず存在する記憶だと思うんです。



だからこそ、その記憶の存在を忘れずに利用者さんと向き合いたいと思っています。


どんな風に笑ったんだろう。


どんな風に忙しく働いていたんだろう?


どんな風に・・・・


そして、この人はきっとこんな風に○○してたんだろうな・・・

と想像しながら仕事をしています。



今も、過去も大切。


ただ・・・



今を作っているのは、過去の自分。



利用者さんの今を大切にするために、その人の記憶(過去)も大切にしたいと強く思っています。


☆==============☆========☆


記事内の「記憶」の解釈は、
私の自己流ですので意味不明(笑)かもしれませんが

あしからず(´・ω・`)

☆漢字セラピー☆

posted by サリー at 22:36| 岩手 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月20日

『ぼ〜っとする』

数年前に新しく新設された通所リハ。

世間では介護予防の考えが主流で、私たちスタッフは利用者さんの活動性を高めるのに躍起になっていました。

だから、私は次から次へと利用者さんに活動への参加を促したりしたんです。


その当時は、それが利用者さんの生活に直結するって信じていたし、それが社会から求められていることだって思ってました。

でも、スタッフの積極的な促しとは裏腹に、利用者さんの自発的な活動はなかなか引き出せず・・・・悶々とする日々を送っていたんです。


「何か違うな・・・いったい何が違うんだろう・・・
    
 何が・・・??(/≧◇≦\)??」


そんなとき、ある有名なデイサービスの存在に出会いました。


そのデイサービスには、数え切れないほどのメニューが準備されています。それはそれは、圧倒されるほど充実したメニューの数々。


おそらくプログラム数は50を超えるでしょう。


その中から、自分でその日やるプログラムを選択していきます。


豊富なメニューの中で、思わずハッっとさせられる一つのプログラムがあります。


それは・・・・



『ぼ〜っとする』


ソファーやリクライニングのソファーに座ってぼ〜っとする。


特に何もしないでぼ〜っとする。


それが、ちゃんと一つのプログラムとして成立しているのです。


なぜ、このデイサービスは『ぼ〜っとする』という意外なプログラムを導入したのか・・・・


その理由は、その時間がもたらす役割の重要性を感じているからでしょう。


以前、このデイサービスの代表である作業療法士さんのセミナーに参加した時、あるご高齢の男性Aさんのお話を伺いました。


Aさんは、デイサービスに来ると廊下やホールにあるソファーに座っている。

何をするわけでもなく、じっと座っている。遠くを見つめたり、時に目をつぶって眠っているように見えるときもあったそうです。

このデイサービスを利用する前は、他のデイサービスに通っていたそうですが、そこのデイサービスは面白くないと利用をやめ、このデイサービスへとやってきたそうです。

前のデイサービスでも、利用中は今と同じくソファーに座ってとくに特別な作業に取り組まれるということは無かったそうです。

利用中の様子は、今と変わりない。けれど、Aさんはこのデイサービスの利用をやめることはありませんでした。むしろ、毎回しっかりと通って利用されている。

その様子を不思議に思ったデイサービスのスタッフは、ある日Aさんに続けて通われている理由を聞いてみたそうです。

Aさんは、次のようにお答えになりました。

『ここは、元気な人がたくさんいる。色んな音が聞こえる。色んな動きが見える。だからいいんだ。あそこ(前のDS)はみんな元気がない。』

と。


それを聞いたスタッフさんは、気づきました。

Aさんにとっては、ただぼ〜っとするだけでも十分意味があったと。




自宅とは違った場所で、人の動きを感じ、人の声を感じる。適度な緊張感とともに、そこには元気という人が生きているエネルギーがあふれている。

そんな空間でこそ、ぼ〜っとすることがその人にとって意味のある活動になる。


価値が生まれる。


ぼ〜っとする事には、その裏に隠されたエネルギーの重要性があるのだと思うんです。


なんのエネルギーもない場所でぼ〜っとしていても意味はあまり無いのかもしれません。

エネルギーのある場所で、そのエネルギーを感じることに意味がある。



人間は、人と人との間で生きているからイキイキできるのだと私は思います。

人と人とが交わると生まれるエネルギー。

そこにいるだけで

何だか安心する。
何だかほっとする。
何だか元気が出る。
今日、来て良かったなと思う。
また、来てみようかなと思える。

そういったエネルギーの土台があるデイサービスは、何をプログラムとして取り組んでも成果が得られやすいのではないかと思います。



すべての介護予防につながるかもしれない、イキイキとしたエネルギーを作っていこう。


コツコツ地味〜にやるしかない。

諦めず、作っていこう。

















posted by サリー at 22:07| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月22日

積み重ね

作業療法士のごとおさんのブログ『作業療法士の支援セラピー』

9月15日投稿分の記事と、その記事のたけちゃんのコメントに目を奪われました。


障害の受容ということについてのたけちゃんのコメント。


「受容」と言う言葉、、、

読んで出来るものでなく
聞いて出来るものでなく
教えられて出来るものでなく
時間をかけてでも 
自分で納得した事のつみ重ねに思う





私たちは学校に入って勉強して、受容の定義や経過を教わって、時に利用者さんや患者さんをその枠に当てはめようとしているような気がします。


たけちゃんは言った。


『自分が納得した事の積み重ね』だと。


積み重ねなのです。


他の誰でもない。自分が納得した事の積み重ねなのです。




障害を負ってようが、なかろうが、今を作っているのは過去の自分。良い事も、悪い事も自分が納得したことが積み重なって今がある。



そう思うと、毎日、毎週会っている利用者さんを見る目も変わった。



『Aさんはどんな事に納得して今日を迎えてるんだろう?』

『Bさんの積み重ねたことはなんなんだろう?』




人によって、積み重ねるモノも。積み重ね方も、積み重ねる量も違うんだろうけど。


積み重ねている事実は一緒。




あなたには、何が積み重ねられていますか?

あなたの目の前に居る人は、昨日のどんな事に納得して今を生きてますか?













posted by サリー at 22:41| 岩手 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月05日

PTになって5年。


多くの患者さん、利用者さんとの出会いがありました。




その中で、一生を終えられた方も何人かおられました。


その都度、その方々の笑顔や家族への想い、今までの人生の歩みを思い出し、切ない思いが心の中を通ります。


PTになり始めのころ、初めて担当した患者さんが亡くなったとき、ただただ悲しくて一人部屋の隅っこで涙を流しました。


そのときは、患者さんの死を受け入れる手段が涙だった。だから、泣いてしまいました。

それからも、時々、患者さんや利用者さんの訃報を聞くことがありましたが、この初めての患者さんの死以来、職場で涙を流すことは無かったのです。自分なりに、患者さんの死を涙以外の方法で受けとめるようになったのだと思っていました。




そんな中、通所リハで働く事になって数ヶ月たったある日。一人の利用者Aさんと出会いました。


末期癌で下肢障害のあったAさん。通所利用を始めた頃、すでに家族が余命半年の宣告を受けてから2ヶ月経過していました。


Aさんは、癌の事実は知っていましたが、何とか生きたいという想いで機能を回復しようと頑張っておられました。


余命半年。


この時点で、Aさんは生活のほとんどに介助を要する状態でした。それでも、Aさんは、私に「歩きたい。自分でトイレを済ませたい。」など、多くの希望を語ってくれていました。末期癌のため、全身状態に注意を払いながらのリハビリでしたが、訪問リハビリのスタッフと連携しながらリハビリをすすめ、徐々にではありますが、機能が回復し、立ち上がりは自立、起き上がり、更衣動作も自立、トイレ動作も補助具を使用して自立、歩行は歩行器を使用して短距離自立のレベルまでいったのです。


一つ、一つ動作が可能になってくるたびにうれしそうに微笑まれるAさんの姿に、あの時私にできるすべてでAさんと関わらせていただいていました。

時に、「もしかしたら、Aさんの癌は治っているのかも・・・・」と思ってしまうほど、Aさんの回復力はすさまじかったのです。あの時の私は、奇跡はAさんのような方に起こるものだと信じて疑わなかったのです。


しかし、身体機能の回復とは裏腹に、癌の進行は止まる気配なく検査のたびに、悪い知らせを耳にしていました。


それでも、Aさんは毎週通所リハに通ってきてくれました。多数いる利用者の中でも、一番に、車椅子をこいで、玄関からリハ室までの長い道のりを一生懸命こいできてくれていました。そして、笑顔で「おはようございます(^▽^)」と私に笑顔を届けてくれていました。


Aさんと出会って半年以上が経過しました。余命半年以上の期間をAさんは生き続けてきました。



そんな、ある日。


悪い知らせが飛び込みました。Aさんが、体調を崩され入院されたと。


癌による、全身状態の悪化でした。奥さんからの情報によると、話は出来る状態であり、「早く治してまた、通所リハに行くんだ。」といっていたとの事でした。

そんな、Aさんの想いを聞いた私は一通の手紙をAさんに送りました。

「いつでも、待ってます。Aさんが、また通所リハにきてくれる事を待ってます。」と書いたような気がします。


「がんばって」とは書けなかった。ただ、待つ事しか、祈る事しか出来なっかった。


それでも、Aさんはその手紙を見て「サリーさん、ありがとう。」と笑って言ってくれたそうです。


Aさんが、体調を崩されてから2週間後のある日、夢を見ました。


その夢は、いつものリハ室で私が利用者さん達を待っていると、いつものようにAさんが車椅子で登場したのです。私はうれしくなって、

「良かった^▽^。よくなったんですね〜また、ここに来れるようになって良かったですね〜また、一緒に頑張りましょうね〜」とAさんに言いました。すると、Aさんは


「ありがとう。ありがとう。また、来たよ。来るって約束したからね〜o(^▽^)o」と、優しい笑顔で答えてくれたんです。


すごく、うれしくて。朝起きた時、きっとAさんは快方に向かっているんだろうと思いました。




しかし、その日の夕方です。訪問のスタッフから、Aさんの訃報を聞いたのは。



信じられなくて、驚いて言葉が出なかった私。でも、今朝の夢の事を思い出したら、私の目から次から次へと大粒の涙がこぼれてきました。いつもなら、目に溜まった涙は一呼吸置いて冷静になれば抑える事が出来たのに、そのときは抑える事が出来なった。

訪問スタッフの先輩に「泣いちゃ駄目だよ。私たちが泣いちゃ駄目だよ。」といわれても、そのときは、抑えられませんでした。


Aさんの死が悲しかったことももちろんありましたが、私には、朝の夢での出来事が、Aさんが、亡くなる前に私に会いにきてくれたような気がして、そのときにかけてくれた「ありがとう。」という言葉や優しい笑顔を想うと、涙がとめどなく流れてきてしまいました。


私には、朝見た夢がただの偶然とも思えませんでした。


あれは、きっと。Aさんからの贈り物だったと思うのです。「Aさんは、ちゃんと約束を守ってくれた。ちゃんと、また通所リハに戻ってきてくれた。」そう、思いました。



後にも、先にも、他のスタッフの前で号泣したのは、あの時だけです。





高齢の方や病を抱えた方と関わる機会の多い、私の仕事。


人生の最後の時間の一部に、その方々と関わらせていただいたという奇跡。それは、まだまだ若い私の中ですごくすごく特別な一瞬であるのだと思います。





利用者さんの人生の一秒一秒に触れるこの仕事。

だからこそ、精一杯の気持ちをもって関わっていきたい。





Aさんが亡くなって、早1年以上が過ぎました。


あの時押さえ切れなかった想い。


Aさんが、与えてくれたたくさんの想い。


あの時の涙と想いは、PTとして働く上での土台となって、今でも私の胸の奥で深く深く確かな光を放っています。





それはまるで、Aさんが生きた証のように強く、温かな光なのです。











posted by サリー at 13:00| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

健康講座―その後―

木曜日に、健康講座をしてきました。


結果的には、大盛況で幕を閉じたわけですが・・・・



緊張と興奮の連続!!


その日は、帰宅するなり直ぐに夢の中へ・・・・(≧▽≦;)



正直、この講座のお話をいただいた時、『通常の業務でいっぱいいっぱいなのに・・・他にもやることあるのに・・・』などなど、結構ぶつくさぶつくさ言っていました(;"ε")


でも、頼まれごとは断らずに受けてみよう!!というのが、私の今のポリシーでもあったので、休日や就業後にスライド・資料作成をして頑張りました。



意味があって、私にめぐってきたこの機会。


今は、依頼を受けてよかったと思っています。


リハビリスタッフとして、利用者さんたちにいわゆるリハビリテーションを提供している毎日ですが、その中でも、自分は何をやってるんだろう?本来のPTとしての役割を果たせているんだろうか?といったモヤモヤ感が度々ありました。


病院や、施設で働き、リハビリテーション室という空間で力を発揮するだけがPTなのでしょうか?


う〜〜〜〜ん。。。違うような気がする。



今回、初めて地域の講座に招待され、実技も踏まえた発表をさせていただいて、地域に住む一般の方の表情を見て、心の奥から新たなワクワク感が湧き出してくるのを感じました。


「なんか、今、私、PTっぽいかも・・・・・」



すごく、抽象的で、分かりにくい表現ですけど、そういう気分だったんです^^;



PTとして持っている知識や技術を地域住民の方へ還元する。それが、いつか住民の方々の生活の武器の一つになっている。


そうなった時、初めてPTである自分の存在意義が社会に認められてくるのではないかと思うのです。



私が、PTであること。


それは、困った時に助けてくれるアンパンマンのような正義の味方ではなくて・・・・


困った時だけじゃなく、困りそうになった時に、道具を出してくれるドラえもんのような存在。


道具を出してくれるドラえもんは、きっかけも一緒に出してくれていると思うのです。

そう、前に進む一歩を踏み出すきっかけを。


ドラえもんがいないから、道具が無いから上手くいかなかったと思うのではなくて、その道具がきっかけとなって、小さな確実な一歩を踏み出せたことの方がドラえもんがいる意義なのではないかと思うのです。


のびたくんは、どらえもんの道具から教わったものを活かしてい大人になっていく。成長していく。

その道具が、時にのびたくんのように上手く使いこなせない場合もきっとあるだろうけど、それはそれでいいと思うのです。


失敗は、経験となって新しい道具(武器)になるだろうから。



私は、ドラえもんのように、魔法のポケットは持ってないし、直ぐに役立つ道具は意外に少ないけど、それでも、少しでも多くの可能性を持っていたいと思う。


その可能性が、一度きりの人生を生き抜く武器になってくれたらうれしいのです。


それこそ、私がPT冥利につきる瞬間でしょうか??




だいぶ、健康講座の話題からずれてしまいましたが・・・お許しを・・・(笑)


今回の機会を与えてくれた皆様、ご協力いただいたスタッフの方々に深く感謝いたします。


posted by サリー at 10:44| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月29日

ファンクラブ

今日、利用者Aさんにこんな事を言われました。


『サリーさんは、ファンが多いね〜』


こう言われ、

『は??(┳◇┳)』


と、意味の分からなかったサリー。

よく話を伺うと、利用者さんたちの間でファンを名乗る方がおられるとのこと。


うれしい限りです。


私が利用者の方々へ提供できる事は限られてます。多数の利用者さん方の対応に追われ、むしろ沢山助けられているのは私のほうです。それに、利用者さん方と関わらせていただくことで、本当に多くの事を学ばせていただいています。



それなのに、ファンといって慕ってくださる方がいる事を素直にうれしく思います。


どなたか知りませんが、そのように思ってくださり本当にありがとうございます。感謝します。





ちなみに・・・・



『サリーさんは、ファンが多いね〜』という話をAさんとしているときに、利用者Bさんがお話に入ってきて言いました。


『俺は、ファンクラブの○○支部長だよ〜』と・・・・


(///∇///) ← 言われた直後のサリー



ありがとうございます。そこまで言っていただいて。


頼もしい利用者さん方に囲まれて仕事をさせていただいているサリーです。






posted by サリー at 16:00| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月24日

金曜大忙し

ヽ(  ̄д ̄;)ノ


毎週金曜日



テンヤワンヤですヽ(  ̄д ̄;)ノ



毎週金曜日は、一週間の中で一番利用者数が多い日です。


朝8時30分から夕方4時半まで、利用者さんが絶えません。


スタッフの少ない状態で営業している私のところでは、時間を上手くコントロールしないとやっていけません。


月曜日から木曜日、土曜日もそれなりに忙しいのですが、金曜日はその比ではありません。


特にピークは、午前10時から12時までの2時間。


この2時間をどうクリアするか・・・・毎週のように神経を研ぎ澄ましています。


金曜日の朝は、就業開始までに今日の仕事のイメージをし、自分の甘えを抑えて、確実にサービスが提供できるように努めます。


それでも、人間相手の仕事ですから予定通りには進んでくれません。

ましてや、体の不自由な方が相手ですから予定通りに行くためには、色々な方のご協力が必要なのです。


一人で完璧に行おうとすると、直ぐに力尽き無力感でいっぱいになってしまいますが、みんなの力を合わせると、掛け算のように力が増していきます。


金曜日は、まさにスタッフ・利用者さんの力や思いやりが集約されているのです。


忙しいからといって、サービスの質を簡単に落とすわけには行きません。

でも、提供できる限界はあります。


大切なのは、しっかりと忙しい中でも利用者さんやスタッフと向き合う事。一方通行ではなく、しっかりと状況を説明し、理解を求めることが必要です。


私が仕事で相手にしているのは、私よりも何十年と人生を歩んできた先輩方です。その、先輩方はちゃんと説明すれば了解してくれます。


だから私は、今、オリエンテーションを前よりもしっかり行うようにしています。長いオリエンテーションでなくてもいい、10秒でも、20秒でもできるオリエンテーションはあります。



まだまだ、私のオリエンテーション技術は発展途上ですが、このスキルを磨いていける事は、より良く仕事を進めていくことへとつながっていくと思います。





忙しいと、見えなくなるものもあります。


その代わり、見えたものもあります。



私が忙しさの中から見いだしたモノは、きっとこの先仕事を続けていく上で、私の重要な武器の一つとなることと思います。








ただ・・・・・



金曜日は本当に忙しい~\(_ _;)/~


午前の部が終了する12時30分には、いつも相方Mちゃんと一緒に

(。。 )(。。 )( 。。)( 。。)放心状態のサリーなのであります。




※先週は、更新があまり出来ませんでした。今週は張り切って更新してきいきますので、みなさんよろしくです(ノ*゜▽゜*)
posted by サリー at 08:19| 岩手 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月15日

俺と結婚しなよ。

言われちゃいました。



プロポーズ(≧▽≦)



『俺と結婚しなよ。』




・・・・・・






「いや。。。(≧▽≦;)できませんって!!」






話の読めない方。そりゃそうですよね。何の事だかさっぱりわかりませんね。


実はこのプロポーズ、彼ではなく利用者の小林さん(仮名)に言われたのであります(-_-;)


今日は、相方のMちゃんが夏休みだったため、担当の小林さんを変わりにリハする事になりました。

挨拶をすませ、申し送り通りにリハビリを進めていると・・・


小林さん『あんた、年いくつかね?』

私『26歳ですよ(*^▽^*)、小林さんはおいくつですか?』

小林さん『85になったべや。あんた、結婚してるのかね?』

私『いや・・・まだです(;"ε")。時期が来たら・・・ですね・・・』

小林さん『結婚してないなら、俺と結婚しなよ。』


私『へ???』


小林さん『俺なら毎日添い寝してやるよ(〃^∇^)o』


私『あはは。ありがとうございます。でも、小林さん。奥さんいるでしょ?奥さんいてそれは駄目でしょ(笑)』

小林さん『いいの。いいの。奥さんは奥さんだから。ガハハ。』



とまぁ・・・



こんな感じで話が出たわけです。



そう、話のネタでプロポーズもどきをされただけであります。


それにしても、85歳からプロポーズされるとは・・・人生何が起こるかわからん(;"ε")σ



そして、85歳でも果敢に自分をアピールしてくる小林さん。あんたは凄い!!


結局、その場は軽く流したのですが。。。リハ終了後も、『俺の嫁にこないか〜』のお誘いは続き・・・・


最後には


『俺は金あるよ。1000万はあるよ〜 d(゜ー゜*)o』


と、お金までちらつかせる小林さん。



小林さん。お金があるなんていわないほうが・・・・。


体弱いのに・・・襲われたら反撃できないだろうに・・・。





愉快な利用者さんたちに囲まれて飽きない毎日です。



『俺と結婚したら100%幸せだよ〜』と言わんばかりの小林さんでした。


これくらい自信のある男の人。きっとめずらしいね。



さて、さて、明日もお仕事です。



気張ってがんばるぞ〜o(*^▽^*)oあはっ♪




posted by サリー at 22:03| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月16日

はぁ・・・

5月14日の新聞での報道。

記事を読んで怒りと悲しみがこみ上げます。


『介護給付2兆円削減試算 「軽度」を除外』

 財務省は13日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で、介護の必要性が比較的低いとされる「軽度の要介護者」を、ドイツのように完全に介護保険の対象から外すと、年間で介護給付費は約2兆900億円、国の負担は約6100億円削減されるとの試算を示した。

 40歳以上が納めている1人あたりの保険料は約1万5000円軽減されるという。

 日本の介護保険は、介護の必要性に応じて8段階で支給額を決めている。財務省は、介護の必要性が最も低い「要支援1」から「要介護2」までの5段階を「軽度の要介護者」と位置づけ、三つの試算を示した。

 他の試算では、軽度の要介護者について、韓国のように、洗濯や掃除など「生活援助」だけ介護保険の対象から外せば、年間で給付費を約1100億円、国の負担を約300億円削減でき、保険料は約800円安くなるとしている。

 また、保険対象を現在のままとし、軽度の要介護者の自己負担割合を現行の1割から2割に引き上げれば、給付費は約2300億円削減できると試算した。

 財務省は今後、介護保険制度の見直しを厚生労働省に働きかけ、社会保障費の抑制につなげたい考えだ。

(読売新聞)




要介護者を社会全体で支える仕組みとして2000年4月より導入された介護保険制度。

開始から今年で8年目。


医療保険でのリハビリ規制が始まった2006年からは、この介護保険制度を利用する利用者が増え、いずれ介護保険制度は崩壊するという声がどこからともなく私の耳にも聞こえてくるようになっていました。


そんな中打ち出された今回の見直し案。

ドイツの介護保険制度を参考にしたらしいですが、表面的な部分をマネしようとしているように見えて仕方ありません。


今回、除外されようとしている方というのは、当院の通所リハ利用者で当てはめて考えると、多くが2年前の診療報酬改定にて医療保険下でのリハビリが制限されてしまった方々です。



2年前の改定での混乱に屈することなく、多くの利用者さんやご家族、スタッフさんたちと悩み苦しみながらも励ましあい、一人一人の生活を、一日一日コツコツと積み重ねてきたのに。


なぜ、このような利用者さんたちの今を明日を生きる頑張りを踏みにじるような案を打ち出せるのか。


利用者さんたちが、どんな思いで介護保険制度を利用されているのか

毎日、毎日


利用者さんの生の声を聞き、生の頑張りや生きる強さを見ている私はこのような理不尽な策が打ち出されるたび、悔しくて悔しくて仕方がなくなります。


現在の利用者さんの多くは、戦後の日本復興に尽くしてきたすばらしい人たちです。


現代の人達よりも、一瞬一瞬を精一杯生き、沢山のことに折り合いをつけながら未来の日本のためにと自分の持てるエネルギーの多くを社会や家族のために使ってきた方々だと思います。

毎日見る利用者さん達の顔や手、背中の形からは人生を必死に歩まれてきたという歴史を感じます。


利用者さんの身体に直接触れさせてもらえるこの職業だからこそ感じるものが沢山あります。


感じれば、感じるほどに、利用者さんたちのさまざま想いも伝わってきます。



要介護1・要介護2・要支援1・要支援2の方々は


今後何をよりどころにしていけばいいんですか?


改定のたびにそうなるように、国はまたしても「個人で何とかしてください。一人で努力して要介護状態にならないように努力してください」と責任を利用者に押し付けるのか。



私達が必死になって取り組んでいることは、認められず。

削減、削減。


弱者の権利を削減する前に、出来る削減があるだろうに。




悔しくて仕方ない。




4月15日。

厚生労働大臣の舛添さんが財務省の見直し案を批判しました。

これがせめてもの救いだろうか。


舛添えさんの国民への想いが無視されず、貴重な意見としてこの案を最悪なものにしないような力となることを祈ります。




この現状で私には何が出来るのだろうか。



悔しいからって、泣いてばかりもいられない。


目の前にいる大切な利用者一人一人に、しっかりと仕えよう。


私は、今介護保険制度下でのリハビリテーションを仕事としています。


仕える。


一生懸命。

それが、私が出来る社会への大切な関わりであり、貢献でもあると思うから。





posted by サリー at 22:28| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月22日

ありがと

ある、女性利用者さん。その名も、キリギリスさん。


彼女、よく言葉の語尾に「ありがと」ってつけるんです。


小さい事でも『ありがと』って言うんです。



1回の利用時間内でおそらく20回以上言ってます。



にこって笑ってのありがとう


真顔のありがとう


どちらもありますが、ありがとうって言葉を聞くと自然と人間は気持ちよくなるものです。



介助するにも、お手伝いさせていただくにも、別に感謝を期待しているわけではないですが


「ありがとう」って言われると、うれしくなります。


キリギリスさん。利用者さんの中では、かなりマイペースでややわがままですが


語尾にかならず「ありがとう」ってつけるので、誰からも嫌がられません。

むしろ人気者。



ありがとうにはきっと、マイナスもプラスに変えてしまう素敵な力があるのではないかと思います。


小さい事でも、


ありがとうって言うことが少し照れる場面でも


自然とありがとうが言える人間でありたいなと思います。
posted by サリー at 20:57| 岩手 | Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月09日

大変だね・・・

『いつも大変だね』


『急がしそうだね』



よく、利用者さんに言われます。


そんなに、忙しいそぶりをしていないつもりなのですがそう見えてしまっているんですね(;´Д`)



病院勤務の時よりも、一度に気をかけなければならない人数は増えました。

個別リハの対応をしつつ、他の利用者さんの自主訓練指導、介助。

どうしても、忙しそうに見えてしまうのかもしれません。



実際、かなり忙しいんですが・・・( ;´・ω・`)



忙しい時に、利用者さんはとても気遣ってくださります。

本当に、ありがとうございます。




私は、沢山の利用者さんの気遣いがあって仕事が成り立っているようなものです。

だから、毎回接するたびに


私が出来る最高のリハビリテーションを提供したい。提供しなければならないと常に思っています。




人と関わる仕事を選んだ私。

人と関わる仕事に導かれた私。

患者さんに育てていただいた私。

利用者さんに支えられている私。



人とのかかわりにストレスを感じることもあるし、イヤになってしまいそうな事だってあるけど。


でも、それ以上にすばらしい優しさと温かさと、幸せを与えてくれる仕事です。



私という一人の人間を支えてくれている、すべての人の想いを支えたい。


利用者さんのQOLを高めるお手伝いとは、私にとっては


その人の想いを支えることです。
posted by サリー at 21:30| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月02日

向き不向き

私の勤めている通所リハは、トップがNrsです。



40代半ば、今まで病院での医療業務よりも老健での看護師業務を中心に活躍されてきた方。



その実績が買われてか、新しく開設する事業所のトップを任されたのであります。




この上司。あまり、通所リハの現場業務をしません。

気が利かないのか、いつも『おいおい、ちょっとは現場でテキパキ動いてくれよ(;´Д`)』と言いたくなるほど、利用者さんそっちのけであっちへ行ったり、こっちへ行ったり。


『○○さん、どこいった???』


という声がいつも施設内に響いています。


たまに現場業務をしたかと思えば、お出しするお茶を出がらしのお茶で出したり、運動用の器具のセットはしっかりとセットしないので結局他のスタッフがやり直す事になったり、過剰な介助をしてみたり、書類作成は『やってね〜』と人に任せたり・・・・


こんな感じなので、働き始めはその行動に若干イラっとしてました。

その度に方向性の違いと言うか、価値観の不一致にイライラしてしまい、バトルをしていました。


しかし、現在。


まぁまぁ仲良くやっております。


考え方を変えました。

@上司は仕事を人に任せてばかりで、自分であまり動かない
 →ではなく
 わざと動かないようにして、部下を育てているのかも。

A器具のセットが上手く出来ない。きちんとやる気がないのかね??
 →ではなく
 きちんとやる気がないのではなく、そういう資質がない。不向き。

B書類作成を他のスタッフに任せる。
 →ではなく
 利用者さんの事をしっかりと把握しているスタッフに書かせた方が、内容がしっかりしていると思っているのかも・・・


と言うような感じです。


こう考えてみると、イライラしなくなりました。

この上司、ケアマネさんや利用者ご家族への対応は物凄く評判がいいんです。だからきっと営業向きなんでしょうね。


外回りの方が向いている。

そっちを一生懸命やってもらうために、まぁ現場は大目に見よう。


その分、私達部下が育って利用者さんに最高のサービスが提供できるようになれば問題ない。


上司の営業があっての、通所リハですし、私達の現場業務があっての通所リハでもあります。


お互いに向き、不向きを認め合って、支えあいながら業務を遂行していけたら良いなと思います。



一見ダメ上司ですけど・・・


私は結構好きです。それに結構尊敬しております。


posted by サリー at 20:35| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

制度に疎い

4月から始まります。


後期高齢者医療制度


1月か2月くらいだったでしょうか・・・

利用者さんの間で、ちょこちょこ話題になっていました。


うちの通所リハを利用されている多くの利用者さんが対象になる制度。


この制度の概要は、該当の利用者さんだけが知っていればいいものではありません。


私達、医療従事者も概要を知っておかなければ、利用者さんの相談に乗ることは出来ませんし、利用者さんの経済状況は利用者さんの生活に大きく影響を与えることもあるので、高齢者を取り巻く制度は勉強しておかなければならないなと思っています。


しかし、この手の制度にめっきり疎い私です。


実際に勉強するにも、知識を深めようにも難しくて良く分かりませんでした。



頭の中ショートして、考えることをやめてしまいそうになります。


そこで、教えてもらうことにしました。


誰にって??



利用者Aさんにですヽ( ´¬`)ノ


Aさんは、私よりも問題意識をしっかりともっているので制度についてもしっかりと税務署や市役所で説明会に参加したり、個別に説明を受けるなどされていました。


そこで、、、


自分が疑問に思っていることを聞いてみました。


教えることが嫌いじゃないAさん。

説明会で使われた資料や、自分の税金を実際に教えてくれたりしながら分かりやすく説明してくれました。


おかげで、概要がつかめました。


さすがAさんです。頼りになります。尊敬です。



後期高齢者医療制度についてご存じない方は概要はこんな感じです↓

1.75歳の誕生日から、今までの保険に関係なく全員が後期高齢者医療保険に加入する。
2.今まで保険料負担がなかった扶養家族の人も、2008年4月から保険料を負担する。
3.厚労省は「高齢者にふさわしい医療」というが、75歳以上を「差別した医療内容」となる。
4.「医療と介護の一体的なサービス提供」というが、「医療が介護に吸収」される。
5.国民健康保険は市町村が保険者だったが、この制度では都道府県単位の広域連合が保険者となる。



しかし・・・


パンフレットやCMなどで『4月から高齢者のための良い制度が始まりますよ』みたいな明るい感じで説明して、対象者の理解を求めているけど・・・


結局は、保険料未払いを防ぐ制度だったり・・・


なんでしょう・・


最近、庶民から気がつかないうちに税金を徴収する制度が増えてる気がする。



難しいことは考えたくないのが人間心理。

それを巧みに使って、結局は立場の弱い人たちから税金を集めようとしているような気がします。



税金は正しく、弱い立場の人を支えることがちゃんとできるように使ってほしい。


税金を集める方法だけでなく、使い方をちゃんと考えようよ・・・
posted by サリー at 21:09| 岩手 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 通所リハ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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